火薬庫前という物騒な駅名

東京都世田谷区松原にある、京王電鉄の駅「明大前」は明治大学のキャンパスにちなんだ駅名ですが、開業時は「火薬庫前」という名前でした。

物騒なこの駅名の由来は、現在の明治大学和泉校舎近辺に日本帝国陸軍の火薬庫があったことに関係しています。

また、江戸時代には徳川幕府の煙硝蔵という施設が設けられていました。

煙硝蔵というのは、鉄砲や火薬などの貯蔵庫です。

京王電鉄の前身・京王電気軌道の火薬庫前駅が開業したのは1913(大正2)年で、現在の明大前駅より西に約200メートル離れた場所にありました。

「火薬庫前」は4年後に村名の「松原」に改名され、しばらくは松原駅でした。

1933(昭和8)年に帝都電鉄(現在の井の頭線)が開通し、京王線と接続するため「西松原」駅が設置されます。

その1年後、火薬庫の跡地に明治大学の予科が移転してきたので松原駅は西松原駅のそばに移設されて統合し、現在の「明大前」の駅名になったのです。

かつて軍隊の施設であった火薬庫が廃止された跡地は、明治大学だけでなく築地本願寺にも払い下げられています。

1923(大正12)年の関東大震災で築地本願寺は被災したので墓地を移転する必要があり、
火薬庫跡地は築地本願寺和田堀廟所となりました。